銀色 [ねこねこソフト]
鬱ゲーの代表作のようなもの。
泣きゲーではないから、あまり泣かされたりはしない。
その代わり、とんでもなく絶望的な気持ちにさせられるゲーム。
いや、これはもはやゲームではない。
何故なら、どう進んでも、どの選択肢を選んでも実はストーリーに影響はないからだ。
基本的には、バッドエンドと、バッドエンドしかないから。(笑

だからこれは「小説」である。
絶望的な気持ちにさせられる「小説」。
何をしても、結果は変わらない。
何を選んでも、救われない話しか出てこない(最後までは)。
あまりに悲しいことしか起きないもんだから、「頼む、お願いだ。せめて、エンディングだけでもいい話にしてくれ。頼むよ・・。」と祈りながらやっている自分がいた。
幸い、4章がハッピーエンドだったのは本当に救われた。もしハッピーでなかったら、どうなっていたか・・。(でもその後5章でまた凹まされるけどな・・。)
・・そういえば「加奈~いもうと~」の時もそうだったっけな。最初、何をどう選んでも悲しいエンディングしか出てこなくて、何日かずっとヘコみまくっていた。
それで実はハッピーエンドもどうやら用意されてるらしいということに気がつき、それだけで安心したもんだ。
実際にそのハッピーエンドをまだ見ていなくても、それが用意されているらしいとわかっただけで翌日から元気を取り戻した記憶がある。
・・・んじゃなくてだな。そんなことはどうでもよい。今は「加奈」じゃなくて「銀色」の話だ。
しかし、これって、「AIR」とほぼ同じ時期だろ?
2000年8月と9月。銀色のほうが少しだけ早い。
俺は実は「銀色」はAIRのずっと後になってからやったんだけど、しかし今から思うと不思議だ。
同じような手法、同じようなテーマ。
マルチエンディングじゃなくてエンディングは一つしかないところとか。
最後の章になって初めて、「銀色」が始まるところとか。
(AIRで、DREAM→SUMMERと延々と続き、そして最後に「AIR」となった時の衝撃は、今でも覚えている。「えええっ。これから本編がはじまるの?」)
状況設定もなんとなく似ている。
何百年も引き継がれる願い、何百年もかけて成就する願い。
過去から現在まで脈々と流れてきた意思。
その間、報われぬ人達。涙せずにはいられない悲劇。
そして、素晴らしいBGM。
そうだ、「銀色」の音楽は、素晴らしい。
普通、平安時代(?)の物語にこのちょっとモダンジャズっぽい「銀色」のテーマ、合わなさそうなもんだけど、ところがどっこい。素晴らしいと思った。
現代まで続く「願い」がテーマだから、きっとそれでいいんだろう。
申し分なし。
シナリオ・音楽、全ての面で、最高の出来。
ただ、ゴメン!英語は、いただけなかった。
英語版を用意することで日本のエロゲを世界に知ってもらう。それはとても素晴らしいことであり、大いに賛同する。ねこねこソフトさん立派。
だって日本のエロゲって、芸術だから。いやマジで。「エロ」とつくから世間に馬鹿にされるが、これはもはや芸術である。
それを証明するものの代表の一つが、この「銀色」であることに、反対する人は恐らくいないだろう。
それだけ質が高い作品です。
・・でもね、あの英語はやっぱりちょっとだめだと思う・・。
ごめんね・・。
(後日考察欄)
上記までは、プレイ直後の感想。
ここからは、じっくり考察。
なぜ、篠原あやめでハッピーエンドになったのか、考えてみた。
さまざまな時代に生きた「あやめ」。それはAIRのように、生まれ変わった同一人物というわけではないだろう。
銀糸が、その時代に生きる「あやめ」という名の少女を求め、探し当てたのだ。
時系列的に言って最初に登場するあやめは、死んでゆく大井跡のため1日だけ、妻になるあやめである。愛する人と「一緒に(咲かない)菖蒲(アヤメ)を見る」事が願いだった。そしてやっと一輪だけ咲く。しかし時、既に遅し。あやめの願いは叶わず、あやめも大井跡も死ぬ。銀糸を作るために。
これが出発点だ。
「(あやめという)名を持った者の為に・・」
という大井跡の最後の一言が、全てを決定する。
銀糸の「在り方」を。
つまり、銀糸の誕生自体にこの2人の願いが込められていると言ってよいだろう。
あやめという名を持つ者の願いをかなえること。それこそが、銀糸の存在意義であった。
だからあやめ以外の願いには、代償が伴うのかも知れない。
銀糸はその後、「名無し」(しかし恐らくその名は「あやめ」)を「探し当てる」。
「あやめという名を持つ者」の願いをかなえるために。
しかしこのあやめは、はっきりと願いは口に出さなかった。出せば、かなえられただろうに。
最後の死ぬ間際になって初めて願いを口にする。でもそれは、「生きた証」を求めるだけであった。
だからこのあやめも、死ぬ。
真冬に咲いた川辺の菖蒲(アヤメ)がその証であることは間違いない。
最後に登場するあやめ。現代のあやめだ。
その間ずっと、銀糸はそれまでの「あやめ」たちの願いを保持し、待っていた。「生きた証」を誰か他の「あやめ」に見てもらうために。愛する人と一緒に見てもらうために。
そして現代のあやめになってその願いが、やっと叶うわけだ。
だから役目を終えた銀糸は、消滅する。
哀しい事だけだった過去のあやめたちも、これでやっと幸せになれた。
時代を超え、銀糸の中で生き続けた「願い」。
たった1本の糸に、それだけの歴史と想いが込められていた。
この銀糸のようなものが、俺の周りにもあるのかもしれない・・。
何世代も、何百年もの想いと願いが込められたまま。
「銀色」は、そんな物語なんだと、俺は思っている。
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